石垣島で、私は一度も「ちゃんと降りられなかった」

空を飛ぶことに憧れて、石垣島のモーターパラグライダーツアーに参加した。

しかし結果から言えば、私は石垣島で一度も、まともにランディングできなかった。

しかも毎年、違う意味で有名人になってしまった。

初年度。

やっと先輩の後を追って、山頂付近まで高度を上げることが出来た。

「飛べた」

そう思った瞬間だった。

しかし次の瞬間、気流を読み違えたのか、まるでゴルフのバンカーショットのように、身体がふわっと落ちた。

気づけばジャングルの中だった。

木々に引っかかり、自力では動けない。

十人がかりで回収してもらうことになった。

宿へ戻ると、私は無傷だった。

しかし同室だった校長先生の足には、何匹ものヒルが血を吸いついていた。

私を回収するために、深いジャングルへ入ってくれたからだった。

申し訳なさで、言葉が出なかった。

その日から、私は石垣島のパラ関係者の間で「有名人」になった。

翌年。

私は懲りずに、また石垣島へ向かった。

今度こそ、ちゃんと飛びたかった。

しかしリベンジ初日、一回目のフライトだった。

またしても落ちた。

しかも今度は、三十メートル級のパインツリーだった。

私は木にぶら下がり、校長先生が登って降ろしてくれた。

だが問題はキャノピーだった。

先生は何時間も、一人で木を切りながら回収を試みてくれた。

それでも取れなかった。

上空からは、黄色いパラグライダーが木に引っかかったまま、ずっと見えていたらしい。

「あれは有名人の落とし物だ」

そう言われるほど、私はまた有名になってしまった。

三年目も参加した。

もう半分意地だった。

しかし今度は五日間、まともに飛べる風が吹かなかった。

海を眺めながら、飛べない時間だけが過ぎていった。
結局、石垣島で私は一度も、ランディング場へ綺麗に降りることが出来なかった。

回収費用はエアー代に近い額になった。

他の参加者の飛行時間も止めてしまった。

夕飯を奢ることにもなった。

毎回、本当に高いツアーだった。

皆さんには迷惑ばかりかけてしまったと思う。

それでも、不思議と「もう二度と飛ばない」とは思わなかった。

空から見た海の色。

雲の影。

風の音。

そして、自分の力ではどうにもならない自然。

今思えば私は、「上手く飛びたかった」のではなく、

ただ、あの景色の中にいたかったのかもしれない。

今、その記憶を油絵として描こうとしている。

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飛行の記憶

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